車の買い換えの時に廃車することになった愛車
もう10年以上乗ってきて、走行距離もかなり多くなった愛車を車検をきっけかに買い換えることにすることが多いのですが、そういうときに、かなり高い確率で、愛車は廃車になる運命です。一応、下取りという形をとってくれるのですが、実際には、愛車は廃車となります。もう寿命だから仕方がないことですが、かなり愛着があるので、悲しいです。
高齢者の感覚器官の反応は、若者と比べると遅くなります。車に気づいても反射的に、身をかわすことが、なかなか困難になりますから、交通事故に巻き込まれてしまう事もあるのです。近くに高齢者が歩いていたら、その周囲を歩いている人も、そして、自動車を運転しているドライバーも、交通事故にならないよう気遣いをすべきでしょう。
宮津市が国の補助事業で虚偽の実績報告をしていた問題で、同市が地元商業組合と結んだ委託契約書でも不適切な処理をしていたことが11日、分かった。実際には「6月6日」の締結日を「4月1日」にしていた。市は「すでに4月から業務が行われており、4月のままにせざるを得なかった」と事実を認め、市議からも批判が出ている。
不適切な契約処理があったのは、国の緊急雇用対策事業の一環で、宮津商業協同組合と結んだ委託契約書。高齢者にパソコンを配布して買い物難民対策を図る市の「ICT利活用推進事業」に関連し、配達を行う契約を「4月1日」付で結び、委託期間は今年の「4月1日から9月30日まで」としていた。
だが、市や組合関係者によると、契約書内容のすり合わせに時間がかかって「実際に契約を結んだのは6月6日だった」(組合関係者)とし、約2カ月間、正式な契約がないまま業務をせざるを得なかったという。
河嶋学・市健康福祉室長は「組合は4月から委託業務を始めており、理事長とはすでに契約をしている認識だった」と釈明。「4月1日付けで契約書を交わしておくべきで、事務処理が遅れたことは申し訳なく思う」と話した。
行政書士の徳本良孝市議は「認識だけで契約を交わしたとするのは公的機関として適正ではなく、契約書が実態と合わないのは問題。契約日に誤りがあったとしてすぐに訂正すべきだ」と話した。
第36回全日本クラブ野球選手権2次予選・南関東大会(日本野球連盟関東地区連盟、毎日新聞社主催)は10日、神奈川工科大KAITスタジアム(神奈川県厚木市)とJFE犬成球場(市原市)で2回戦4試合と代表決定戦2試合があった。
県勢の松戸B・C TYRは、代表決定戦で所沢グリーンベースボールクラブ(埼玉)に敗れ、本大会出場を逃した。所沢グリーンクは2年連続2回目。ほかに横浜金港クラブ(神奈川)が3年連続7回目の本大会出場を決めた。
▽代表決定戦
【JFE犬成】
所沢グリーンベースボールク
000014000=5
000110000=2
松戸B・C TYR
(所)藤島、柄澤−山岸
(松)楠美、秋田−井関、阿部
▽二塁打 西村2(所)坪井、阿部、吉野(松)
▽2回戦
【JFE犬成】
松戸B・C TYR
201101310=9
000300000=3
全川崎ク
(松)秋田−井関
(全)加賀美、川口、石渡、田口−下里、山本
▽本塁打 阿部(松)
▽三塁打 松本(全)
▽二塁打 坪井2(松)涌井、大関(全)
7月12日朝刊
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◇地域に恩返しを 避難所の球児を記事で知り奮起
昨夏、県大会ベスト8進出を果たした浦安高野球部。新チームとなり、さらなる飛躍を目指していた今年3月11日、激しい揺れに襲われた。
慣れ親しんだグラウンドは、本塁から右翼にかけて幅6メートル、深さ1メートルの地割れが走り、内野の一部は液状化で泥が吹き上げた。志村聖也主将(3年)は「何も考えられなかった」と当時を振り返る。学校は休校になり、練習も中止。それでも志村主将は毎日グラウンドに通った。「少しは変わっているんじゃないかと思って」。一日も早く野球をやりたかったが、状況は変わらなかった。
「野球ができないなら」と部員たちは自発的に地域に飛び出してボランティアを始めた。液状化で道路に噴き出した泥を掃除したり、水道の使えない住宅に便袋やトイレットペーパーを配ったりした。3月下旬からグラウンドの隅のわずかなスペースを使って練習も再開したが、ボランティアも4月上旬まで続けた。
こうして迎えた4月の春季大会。初戦の市川南戦は0−10でまさかのコールド負け。その後の練習試合でもふがいない結果が続いた。「地震を言い訳にしていた」。志村主将はそう振り返る。
転機は6月中旬。練習前や試合前にチームをリラックスさせる「メンタルリーダー」を務める浅原克哉捕手(3年)が、遠征のバスで1本の新聞記事を読み上げた。福島県で避難所暮らしをしながら甲子園を目指す高校球児を紹介する記事。みんなが聴き入った。
「できることを精いっぱいやろう」。浅原捕手が呼びかけた。部員はその後、基本に立ち返り、グラウンド整備にも丁寧に取り組むようになった。一人一人が声を出し、チームにまとまりも出てきた。練習試合では県内の強豪を相手に互角の戦いを展開。震災後にわずかな場所を使って毎日練習したバントが生きてきた。
夏の大会開幕直前の今月2日、復旧工事が終わったばかりのグラウンドで練習試合が行われた。地域の人たちが多数駆けつけ、声援を送ってくれた。
昨年、2年生で唯一グラウンドに立った上田一成選手(3年)は力を込めて語った。「被災した地域の人たちに、頑張っている姿をありのまま見てほしい。そして一戦でも多く勝ちたい」(この企画は荻野公一が担当しました)
7月12日朝刊
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